【第十七回目】
船橋屋:「くず餅」。四季を経て生まれる自然のおいしさ

17-a こんにちは。老舗のコンシェルジュです。今日は亀戸の「船橋屋」をご案内いたしましょう。ええ、そうです「くず餅」で知られる老舗。ご存知の方も多いでしょうね、何しろ江戸からの名物甘味ですから。でも、あらためて、お店のご紹介から。

 創業は文化2年(1805)……な~んて言っても、ピンときませんよね。
江戸幕府が成立して200年。元禄時代を経て、町人文化が最高潮に達していた頃です。本屋さんでは『東海道中膝栗毛』や『南総里見八犬伝』がベストセラー。浮世絵ブームのなか、伊能忠敬は日本中を測量して歩いていました。そして、ペリー来航はこの50年後のこと……。
いかがでしょうか? ちょっとイメージが湧いてきましたか? 創業当時、この店で「くず餅」に舌鼓を打っていた江戸っ子たちは、まさに“弥次さん、喜多さん”そのものだったんですね。そして、活気にあふれているだけなく、何かが起きそうな予感もただよい始めた時代の空気……想像力さえあれば、老舗の空間は私たちをすぐに江戸の町へと連れていってくれます。

 さて、ではいよいよ名物の「くず餅」のお話をいたしましょう。まずは原料なんですが、何から作られていると思われますか? 葛?! 残念でした。違うんです。葛で作る“葛餅”というお菓子もありますが、船橋屋の「くず餅」は小麦から。でも、小麦粉に水を加えて練って蒸したら出来上がり……ではありません。水を合わせてからなんと15ヵ月、じっくり熟成させて生まれる小麦の澱粉(でんぷん)から作られているんです。
 しかも、その場所は岐阜。仕込み水は、名水・木曽川水系の地下天然水。貯蔵槽は樹齢100年以上の杉の大木。水と森と澄んだ空気が、小麦を静かに発酵させ、あの独特の弾力と香り、透明感のあるやさしい乳白色を育んでいくんです。
 春、夏、秋、冬、そして二度目の春……。数分で食べてしまう「くず餅」の製造が、実は15ヵ月前に始まっている――ちょっとびっくりしませんか。時折、無性に食べたくなる「くず餅」の不思議な魅力は、自然の恵みだけが持つパワーによるものなのかもしれませんね。
 そうそう、船橋屋といえば「くず餅」が定番中の定番ですが、「あんみつ」のファンも多いんですよ。さいの目に切った寒天に、紅白の求肥、こし餡に赤えんどう豆、果物、そして「くず餅」。これに秘伝の黒蜜をまわしかけて……どうです、おいしそうでしょう?!
 デパートなどにも売店を出していますが、ぜひ一度、本店にお出かけください。どっしりとした檜造りの店は入口に藤棚をしつらえて、いかにも江戸の老舗らしい凛としたたたずまい。高い天井、中庭から玄関へと吹きぬける爽風、亀戸天神社に詣でた人々のにぎわい。そして、1皿に9個盛られて運ばれてくる「くず餅」の豊かさ。
 贅沢なひとときとは、まさにこのこと。江戸の晴れやかさが、今もこの店には息づいているようです。

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