大旦那のちょっといい話:<細田安兵衛さんの巻(3)>【門松と餅つき】
■プロフィール 細田 安兵衛(ほそだ やすべえ) 榮太樓總本鋪 相談役。東都のれん会会長。茶道 宗遍流時習軒十一世家元。 1927年、東京日本橋に生まれる。慶應義塾幼稚舎から同大学(昭和25年)卒。 現在、東商名誉議員、全国観光土産品連盟会長のほか、和菓子業界や地元日本橋に関わる団体役員なども務めている。藍綬褒章、勲四等瑞宝章受章。 |
細田さん、いよいよ師走となりました。 我が家は毎年年末になって大あわてでお正月準備に取り掛かるんですが、榮太樓さんではどんなふうにお正月の支度をなさるんですか? |
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(細田) | うちは、昔も今も12月28日が正月支度をする日と決まってるんだ。正月の飾りつけも、餅つきも、この日。 ひと昔前までは、出入りの職方の人たちが朝から来てくれて、1日がかりで正月の準備をしてくれたもんです。 |
出入りの職方って、どういう方たちですか? | |
(細田) | たとえば大工の棟梁や左官屋さん、それから植木職人さんや電気工事などをしてくれる人たち。ほかに、折り箱屋さんなどもこの日には揃って来てくれました。 |
榮太樓さんの日本橋本店には毎年立派な門松が飾られますが、職方さんたちが来てくださっていた頃は、もっともっとすごい門松が立てられたんでしょうね。 | |
(細田) | いや、いや、そうじゃないの。 僕らが小さい頃、立派な門松を飾ってたのは、よほど大きな会社か、山の手のお屋敷くらいなもんでしょう。うちの場合だと、笹の葉がついた細長い竹に根曳きの松を結んで、入口両脇にある柱に結わいつけていた。それで軒に注連縄をめぐらして、そこから数本の藁をたらして。あとは、事務室やボイラー室、工場や砂糖・雑穀蔵などの入り口に輪飾りをつるして……ほんとに簡素なもんですよ。 江戸の浮世絵などを見ても、立派な門松なんて描かれてないでしょ? そもそも、日本橋あたりの商家は基本的に間口が小さいから、立派な門松を入り口に置いたんでは、邪魔になってお客様が入ってこれなくなっちゃう。 |
(笑)。(^◇^) お正月のお餅も、職方さんたちがついてくれたんですか? | |
(細田) | そう。ついた餅で、まず、お供えの鏡餅を作って、そのあと雑煮用の「のし餅」を何枚も何枚も作るんだ。お腹がすくと、つきたての、ほかほかの、やわらかい餅をちぎって、大根おろしや餡をまぶしてみんなで食べた。これがおいしくて! 特に、醤油をかけた大根おろしをつけて食べる「辛味餅」の味は、忘れられないね。 それで、大忙しの1日が終わると、日もとっぷり暮れて、夜だ。最後に職方さんが「終わりました」と挨拶に来ると、お店(おたな)の方はねぎらいの言葉とともにご祝儀を差し出して、次の年に着る印半纏(しるしばんてん)を渡す。これが決まりだった。 |
「皆さん、来年もよろしく頼みますよ」というわけですね! 正月支度の行事は、お店と職人さんの信頼関係を自然なかたちで確かめ合う仕組みだったんですね。 | |
(細田) | うん、よく考えられているだろ。 ところで、いまも話に出た鏡餅、うちでは、「具足飾り」という特別な飾りつけ方をするんだ。本店にも飾りつけるので、今年のお正月に見に来ないか? |
はい。では、お正月、楽しみにうかがいます。 細田さんも、よいお年を! |
聞き手:太田美代
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